【1】
四季映姫ヤマザナドゥは暇を持て余していた。
それもそのはずである、死神によってつれて来られるはずの審判を待つ魂が一人もいないのだ。
周知の事実として閻魔 四季映姫は仕事が早く、同地域担当の死神 小野塚小町は仕事が遅い。
だが今回はあまりに遅すぎた。
映姫はかつてないほどの苛立ちを覚えていた。
その苛立ちは彼女が纏う雰囲気とその動作が物語っており、現場は緊張感に満ちていた。

ガタン!

椅子が大きな音を立てる。
このような動作も普段の彼女ではありえない。
「小町の様子を伺ってきます。皆は各々の作業を続けるように」
そういうと映姫は足早に外へと飛び出していった。
彼女がいなくなり数瞬後、皆から安堵の息が漏れたのは言うまでもなかった。

 

 

【2】
「全く、どこへ行ったのかしら・・・」
紅魔館の正門前にて、十六夜咲夜は一人呟いた。
理由は明白、門番 紅美鈴が持ち場を離れているからだ。
現在の時刻は正午過ぎ、館の主人は床についている。
だからこそ、この時間に最も必要とされるのだ。
しかし現に門番は無断で席を外している。
「これはお仕置きね・・・」
ここの門番は怠惰で有名だ。
しかし居眠りをしていることはあっても、席を外していることなどほとんどなかった。
席を外していても四半刻も待てば戻ってきたものだ。
疑問を抱きつつも咲夜は湖へと歩を進めた。

 

 

【3】
「全く、あの子と来たら・・・」
紅魔館上空、映姫は愚痴をこぼしながら飛行する。
ふと地上にうずくまる少女の姿が見える、紅魔館近くの湖のほとりだ。
あのあたりは夏でも霧が絶えず、また妖精が多い為人間では里に戻れず息絶える事さえある。
事を重く見た映姫は少女へと近づく。
「どうしました?」
「ん?なによあんた、さいきょーのあたいになにかよう?」
上空からでは見えなかったが、彼女の背中には三対の氷結晶の羽がある。
彼女はここらに居を構える氷の妖精チルノであった。
「いまかえるをこおらせてあそんでるんだから、じゃましないでよね」
そういうと彼女は自らの手元に視線を戻す。
そこにはゆっくりと動きを遅くしてゆく蛙がいた。
「ふふふふふ、ゆーっくりとひやしてあげる」
「これ、無益な殺生は行うべきではありませんよ」
映姫は黙っていられず諌める。
妖精は死ぬことがない為、彼女の担当ではない。
だがゆっくりと失われていくと思われる命を前に、黙っていられる映姫ではなかった。
「だいじょうぶだよ、みてて」
そういうとチルノは冷却を続ける。
そうして蛙は完全に動きを止めた。
「どこが大丈夫なのですか?」
「ここからがほんばんだよ、みてて!」
つづけて蛙を湖へ浸ける。
蛙はしばらく止まったままだったが、じきに少しづつ動き出しやがては泳いで逃げていった。
「どう!すごいでしょ!!さいきょーでしょ!!!」
「凄い・・・ですね」
映姫は素直に感心した。
蛙が凍らされても生きているなんて知らなかった。
幻想郷の蛙が特別なのかもしれないが、映姫はただただ驚いた。
「も・・・もう一回、見せて貰ってもいいですか?」
「いいよ!こっち!!」
そういうとチルノは駆け出した。
そして映姫はその後へと続いた。

 

 

【4】
「さて・・・、いつもならこの辺で木の実でも摘んでるんだけど・・・」
咲夜は紅魔館近くの湖まで来ていた。
姦しい声が聞こえるが、この近くには妖精が多く生息している。
気に留めることもなかった、いつもなら。
だが今日はなんとなく気になり、その方向へと向かうことにした。
まあいつものルートと一致していることも理由に挙げられたのだが・・・。

(やっぱりか・・・)
いってみると案の定、この周辺では見慣れた水色の髪の少女の姿があった。
しかし今日は同時に見慣れぬ緑の髪の少女がいた、それはチルノがいつも一緒にいる妖精ではない。
ふと、その少女が振り返る。
「あれ・・・貴女は紅魔の・・・」
「そういう貴女は閻魔様ですわね、今日はどういっ・・・」
咲夜が言い切らぬ内に彼女は興奮した様子で詰め寄ってきた。
「ちょっとこっちに来て見てみてください!蛙なんですけど・・・、それはもう!凄いんですよ!!!」
「ちょ・・・、わかったから落ち着いて・・・」
咲夜は映姫によって強引に連れられた。
映姫の見たこともない目を輝かせた様子に面食らってしまって、おもわず了承してしまった。
(まあ、たまには良いでしょう)
好都合なことに本日は快晴で、時刻も正午を過ぎたころ。
咲夜の主人が目を覚ますまではまだまだ時間がある。
咲夜はあきらめて付き合うことにした。
「で?何が凄いんですか?」
「これ!これを見てください!!」
「いくよ!」
そういうとチルノは冷気を蛙に当てる。
(ああ、この妖精のいつもの遊びね)
言うまでもなく咲夜は紅魔館に住んでいる。
だからチルノの所業についてもある程度は知っているのだ。
完全に蛙が動きを止める。
そして水に浸けると溶け出し、やがてはまた動き出した。
「ね?おもしろいでしょ!」
「見ましたか!凄いですよね!!あんなになっても生きてるなんて、不覚にも感動してしまいました!」
そういう映姫は少し涙を浮かばせている。
本当に感動したのだろう、そう思うと咲夜は笑いが込み上げてきた。
「くっ・・・」
抑えきれずに噴きだしてしまい、顔を背ける。
が、当の映姫はすでに気付いている。
「なにが可笑しいんですか?」
「失礼しました。閻魔様はもっととっつきにくい方かと思っていましたが、案外親しみ易いところもあるんですのね」
こうなると大変なのは映姫のほうだ。
我を忘れてはしゃいでいた自分を思い返し頬を染める。
「・・・・・・失礼しました。はしゃぎ過ぎたようです」
「いいえ、そういうところがあっても構わないとおもいますわ」
そういって咲夜は微笑む。
(くっ・・・不覚でしたね・・・)
「ところで本日はどういった御用件ですか?地上にいるのは珍しいと思いますが?」
「いけない!忘れていました」
映姫ははっとする。
そうだ、わざわざ地上まで降りてきたのは妖精と戯れるためではない。
小町を探しにきたのだ、これでは小町のことを叱れないではないか。
「実は部下がなかなか戻ってこないので、探しに来たのです。なにかご存知ではありませんか?」
「そういった理由でしたか。・・・それで妖精と戯れていたと」
咲夜は意地悪くクスリと笑う。
「・・・・・・」
映姫には返す言葉もなかった。
「ですがそれは私も同じことですわ。長く席を外している門番を探しに来たのにこんなところで時間をつぶして・・・」
「そうなのですか?」
((この人も大変なんだなぁ・・・))
この瞬間二人が同調した。
「それで貴女の部下というとあの死神ですね? それでしたら残念ですが今日は見ておりません」
「そうですか・・・、ありがとうございます」
「私のほうからも質問しても構いませんか?」
「ええ、私に答えられることなら」
なおチルノは二人が話ばかりしていてつまらなくなったのか、席を外した。
その判断は正しかったと後に判ることとなる。
なにせこれから主婦の井戸端会議張りの時間、会話が弾むのだから・・・
「貴女の部下が仕事をサボったりするのはよくあることなんですか?」
「ええ割と・・・、もっとまじめかと思っていたんですが・・・」
困ったものですと言いたげに溜息をつく。
「うちの門番もそうなんです。それでよろしかったらサボりの現場を見たときに情報交換などできれば・・・」
「なるほど、それは名案ですね」

・・・一刻後

「そういったものがあるのですか!」
「閻魔様はあまり人里に降りてこられませんからね、よろしければご案内しますよ?」
「いいのですか?」
「ええ、こういう晴れた日の日中であれば是非に」
「ありがとうございます!」

・・・さらに一刻後

ガサリ
彼女らの脇の茂みが物音を立てると同時に長身の少女が姿を現した。
「あれ?咲夜さん?こんなところで何をなさってるんですか?」
少女は髪はそこらじゅうに跳ね回り、服もあちこち焼け焦げていた。
「美鈴!あなたどこに・・・!何かしら?その格好は、弁明があれば聞くけど?」
「その・・・白黒との弾幕ごっこで・・・」
それを聞くと咲夜は大きく頷いた。
「ああ、あの桁外れの出力で吹き飛ばされた挙句、気を失ってた訳ね?今の今まで」
美鈴は気まずげな表情で頷いた。
「・・・はい」
その姿は長身の彼女に似つかわしくなくどこか小動物を思わせる。
「全く・・・人間にあっさり負ける妖怪もどうかと思うけどね・・・」
「返す言葉もありません・・・」
「早く帰って水浴びと着替えを済ませたら持ち場に戻りなさい、良いわね?」
「は、はい!」
元気よく返事をした少女は駆け足で館へ向かっていった。
咲夜は映姫へと向き直る。
「そういうわけですわ、私も館へ戻らないと」
「ええ、私もそろそろ小町を探さないといけませんね」
「では失礼しますわ」
そういって咲夜は館へと向かう。
途中、足を止め振り返る。
「なにか?」
「いいえ、また尋ねてくれることを楽しみにしてますわ」
一瞬映姫はきょとんとしたが、すぐに微笑み。
「はい、必ず」
そう答え深くお辞儀をした後、映姫は再び飛び出した。

 

 

【5】
彼岸の岸、いつもの船着場にて彼女 小野塚小町は頭を抱えていた。
仕事道具たる船の船尾が大きく削れており、とてもではないが航行を行える状態ではなくなっている為だ。
ことはその日の午前中にまでさかのぼる。
小町が今日最初に船に乗せた客は、とんでもない守銭奴だったのだ。
乗せたはいいものの、料金を払おうとせずやむなく船から振り落とした・・・まではよかったのだ。
しかしその客を水面のしたの生物が襲ったときに、運悪く小町の船を引っ掛けて言ったのだ。
それによって小町の船には大きな穴が空き、能力を使い何とか岸まではたどり着けたものの途方にくれていたのだ。
「はぁ・・・いまはどこの課も予算不足だってのに・・・」
ちょっとした破損なら小町も修理できる。
だが、竜骨の破損が致命的だった。
船の中心を支える竜骨が折れてはその船は直らない。
「小町、どうしたのですか?」
そこに映姫がたどり着く。
チルノや咲夜とのやりとりで映姫が平静を取り戻していたのは小町にとって僥倖と言わざるを得ない。
「げえ!映姫様!!これは・・・その・・・」
映姫は小町を船を一瞥し、溜息をつく。
「小町・・・やってくれましたね」
「・・・すみません」
小町はあきらめたのかしょぼんとする。
映姫は悔悟の棒を持って軽く、一度だけ小町をぶった。
「・・・映姫様?」
「やってしまったものは仕方ありません。造船の担当者には私から話しておきます」
盛大なお説教を覚悟していたであろう小町は呆然としていた。
「この船もここにとりあえず置いていて構いません。 なぜもっと早くに連絡しないのですか」
やれやれといった表情で映姫は小町に向き直る。
「すいません・・・」
「もう構いません、繰り返さぬよう注意なさい。今日の業務は終了とします」
「いいんですか?」
小町の表情がぱあと明るくなる。
「はい、ちゃんと反省してくださいよ?」
「もちろんですよ!映姫様!」
「全く・・・、まぁ今日はもう良いです。 帰りましょうか、小町」
「はい!」
そういって彼女らは帰路に着いた。
わいわいと騒がしく、時に微笑みながら時に脹れながら。

後日、里を二人で回るメイド長と閻魔の姿がみられたそうな。

 

 

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